顕微授精とは
顕微授精は体外受精の方法のひとつです。通常の体外受精(コンベンショナルIVF)では、女性の体内から取り出した卵子に男性の精子をふりかけて受精卵を得ます(媒精法)。
顕微授精は、通常の体外受精では受精が成立しなかったり(受精障害)、重度の乏精子症などで精子の数が少ないために受精の成立が見込めなかったりする場合の手段として考案されました。
顕微授精は時代とともに改良が重ねられ、現在行われているのは、1992年にベルギーにおいて初めて人での成功例が報告された卵細胞質内精子注入法(ICSI)という方法です。
ICSIでは、倒立顕微鏡下で培養士が形態・運動性の良好な1匹の精子を選別し、細いガラスのピペットで固定した成熟卵子に直接注入します。
卵子の中に確実に精子を注入することはできますが、この技術は厳密には精子が卵子の中に進入するのを補助するものなので、全ての精子と卵子が受精するわけではありません。
そのため顕微授精の正常受精率は平均70~80%です。
顕微授精が有効なケース
・精液所見が不良な男性不妊症の方
・精子調整後の運動精子数が少ない場合
・抗精子抗体陽性で媒精では受精が困難と予測される場合
・過去の体外受精で受精障害があった場合
・多精子受精が高率であった場合
顕微授精の実施方法
STEP1:卵子の条件確認
酵素(ヒアルロニダーゼ)を使用し、採卵により採取された卵子の周りの卵丘細胞を取り除きます。
そのうち成熟している卵子のみ顕微授精を行います。成熟卵であるか否かは、卵子の第一極体放出の有無で判断します。
STEP2:精子の採取と選択
採卵当日、まずは男性にマスターベーションで精液の採取をお願いします。日頃から精子の所見が極端に悪く、採卵当日に運動精子の回収が難しいと考えられる場合には、採卵に先立って精子の凍結を行い、バックアップ態勢を整えます。
精液の採取が完了したら、運動精子を効率よく回収するための処理(密度勾配法や膜構造を用いた生理学的精子選択術)を行い、倒立顕微鏡下で形態と運動性が良好な精子を選びます。
培養液内を泳いでいる精子をインジェクションピペット(細いガラス製の針)でピックアップし、尾部を押さえつけて精子の不動化を行います。精子尾部の細胞膜を傷つけることは、顕微授精後の卵活性化物質の放出を促すための重要なステップとなります。
STEP3:精子の注入
不動化した精子を、インジェクションピペットで吸引しピペット内で静止させます。
卵子は1個ずつそれぞれの状態が異なります。透明帯の厚さ、囲卵腔の大きさなどを見極めながら、卵子の形や状態を良く観察し、できるかぎりダメージが少ないように精子を卵子の中に注入します。
Conventional ICSI(コンベンショナル法)では、先端の尖ったインジェクションピペットを卵細胞質に刺し込み、吸引することで表面の膜を破って穴を開け精子を注入します。
他には、先端が平らなインジェクションピペットを使用し、特殊な装置で振動(パルス)を与えることで、表面の膜に穴を開け精子を注入するPiezo ICSIという方法もあります。
顕微授精のメリット
・倒立顕微鏡下で精子を1つ1つ確認しながら形態、運動性の良い精子を選別可能
・精子の状態が不良でも、卵子1個に対して精子が1匹でもいれば受精が可能
・運動していなくても生きている精子があれば可能
・奇形精子でも染色体が正常であれば可能
・体外受精に必要な先体反応を起こしていなくても可能
・無精子症でも精巣上体精子、精巣精子が確保できれば可能
顕微授精は、培養士が顕微鏡下で確認しながら卵細胞質内に1つの精子を確実に注入します。そのため顕微授精の受精率は、コンベンショナルIVFと比べて高い傾向にあります。
顕微授精のデメリット
・精子の選択が人為的に行われるため、自然の選択による受精ではない
・成熟した卵子にしか顕微授精ができない
・体外受精よりも費用が高い
・操作による卵子の損傷の可能性がある ※
※精子を注入するためのインジェクションピペットは卵子にとってはかなり太く、卵細胞質膜を破る際には吸引圧をかけて細胞質内に侵入するため、卵子には大きなストレスがかかります。卵子がもともと弱い場合には、そのストレスにより卵子が変性してしまう可能性があります。
顕微授精の受精率は高いですが、その後の発育や胚盤胞発生率、良好胚獲得率などは、コンベンショナルIVFよりも低い傾向にあります。
顕微授精にかかる費用(当院の場合)
顕微授精(ICSI) | 1個 | 2-5個 | 6-9個 | 10個以上 |
保険 | 11,400円 | 17,400円 | 27,000円 | 35,400円 |
自費 | 38,000円 | 58,000円 | 90,000円 | 118,000円 |
生殖補助医療における保険適応には、年齢・回数制限・施設基準などの条件があります。条件を満たしていれば、顕微授精も保険の適応になります。
当院の顕微授精について
当院では、採卵前にご夫婦の意思を確認するための希望書をご記入いただきます。基本的には希望書の内容に従って治療を進めます。
事前の精液検査の結果が不良で顕微授精を希望していただいた方に加え、採卵当日の運動精子の回収率が低かった方、回収率は問題ないがSplit ICSI(採卵された成熟卵子のうち一部を顕微授精しその他を媒精する方法)を希望される方も顕微授精の対象となります。
また、無精子症と診断された方でも、連携する他施設の生殖医療専門医(泌尿器科)の診察で精子が作られている可能性があると判断された場合、TESE(精巣内精子回収法)やMESA(顕微鏡下精巣上体精子吸引法)という手術を受けて精子を回収できたら、女性が採卵する時まで凍結し、その精子を用いて顕微授精を行っています。
顕微授精に関するよくある質問
Q.顕微授精で産まれた胎児はダウン症になりやすいという話は本当ですか?
産まれた胎児の染色体異常は、母親の高齢化に関係があるとわかっています。ダウン症に限らず、それ以外の産まれた胎児の先天的な異常は、現在では体外受精とあまり差がないと考えられていますが、一方で異常頻度が高かったという報告もあり、結論は出ていません。
Q.顕微授精は双子が産まれやすいといわれているのはなぜですか?
体外受精・顕微授精にかかわらず、胚移植1個でも双子になることがありますが、特に顕微授精で双胎が多いという報告はありません。
産婦人科学会の調査では、自然妊娠で一卵性の双胎以上になる確率は0.4%なのに対し、1個移植で成立した妊娠で双胎以上の多胎となるのはその2倍にあたる0.8%という報告がありました。
Q.顕微授精の成功率(着床率)はどれくらいですか?
日本産婦人科学会が2018年に発表した顕微授精の妊娠率は19.9%でした。現在では、発表当時よりも顕微授精の症例は増えてきています。
顕微授精の着床率は、年齢や胚の質、子宮内膜の状態などに依存し、35歳未満では40%〜50%程度、40歳以上では10%〜20%程度です。治療の成功率を高めるためには、適切な検査や治療の選択に加え、健康的な生活習慣の維持も重要です。
Q.顕微授精と媒精(ふりかけ法)はどちらが良いですか?
精子の奇形率が高い(96%以上)方や、良好な運動精子が少ない方は、体外受精(媒精)の受精率が低いです。そのため受精卵を高確率で得るためには顕微授精が必要です。
精子の数や運動性が良好であれば顕微授精は必要ないと考えられますが、受精障害があるか不安な場合は、Split ICSI(成熟卵子のうち一部を顕微授精し、その他を体外受精する方法)を行うことをお勧めします。