不妊治療における腹腔鏡手術

腹腔鏡手術とは

「腹腔鏡手術」とは、お腹に小さな穴を1〜4箇所開け、カメラと手術器具を挿入して行う手術のことです。

術式によっては恥骨上の部位に2~3cmの小切開を加えることもあります。おへそから鋼線を入れ腹壁をつり上げる方法(吊り上げ法)と、炭酸ガスでお腹を膨らませる方法(気腹法)があります。

カメラで内臓を大きく映し出しながら、より正確に手術を行います。医療機器の進歩と医師の技術の向上により、腹腔鏡手術の安全性は日々向上しています。

従来の開腹手術に比べて傷が小さく、術後の痛みも少ないため、回復と日常生活への復帰も早くなります。

不妊治療で腹腔鏡手術が選択されるケース

以下のような場合においては、腹腔鏡手術が選択されるケースがあります。

・子宮内膜症
・子宮筋腫
・卵巣嚢腫
・PCOS(多嚢胞性卵巣症候群)
・卵管周囲癒着

それぞれどのような病気かも含め、解説していきます。

子宮内膜症

子宮内膜症とは、子宮の内側を覆っている子宮内膜に似た組織が、本来の位置である子宮内膜以外の場所(例えば卵巣や卵管、骨盤内の他の臓器)にまで広がってしまう病気です。

子宮以外の場所に広がった内膜組織は、通常の月経周期と同じようにホルモンの影響を受けて増殖し、出血を繰り返しますが、体外に排出されません。そのため炎症を引き起こしたり、周囲の臓器とくっついたりすることがあります。

その結果、激しい月経痛や骨盤内の慢性的な痛みが生じ、生活の質が大きく低下してしまうことがあります。また、子宮内膜症が卵管や卵巣に広がると、卵子の移動がスムーズに行われなくなり、炎症が原因で受精しにくくなったり、卵管が詰まったりすることもあります。こうした状況は、不妊の原因にもなり得ます。

腹腔鏡手術の目的は、子宮内膜症によってできた病変を取り除くことです。具体的には、異所性の子宮内膜組織が卵巣や腹腔内に広がっている部分を見つけて、それを取り除きます。

また、子宮内膜症が原因で臓器同士が癒着している場合には、その癒着を剥がし、卵巣から排卵された卵子が卵管に取り込みやすくなるよう、臓器が元の位置に戻るようにします。

ただし、手術の際には妊娠しやすくすることを優先しています。そのため、卵巣にできた子宮内膜症(チョコレート嚢胞)を切除する際には、正常な卵巣組織をできるだけ多く残すように手術操作を行います。

子宮筋腫

子宮筋腫は、子宮にできるコブのような良性の腫瘍で、女性ホルモンの影響を受けて大きくなることが特徴です。
筋腫は、できる場所によって以下のように分類されます。

漿膜下筋腫子宮の外側に向かって発育し、周囲の臓器を圧迫することがあります。大きくなると腹部に違和感を覚えることがあります。
筋層内筋腫子宮筋層内に発生する最も一般的なタイプの筋腫で、子宮全体を大きくし、生理痛や経血量の増加を引き起こすことがあります。
粘膜下筋腫子宮内膜側に発育し、不正出血や強い月経痛を伴うことが多い筋腫です。小さくても症状が出やすく、不妊の原因になることもあります。

子宮筋腫は、成長に伴って一部が変性を起こし、細胞が壊死してしまうことがあります。これにより、炎症が起こり、痛みや不快感が生じることがあります。特に、筋腫が大きくなると腹痛や圧迫感を引き起こし、日常生活に支障をきたすこともあります。

また、子宮筋腫があると妊娠中に流産や早産のリスクが高まることがあります。これは、筋腫が大きくなることで子宮内のスペースが制限され、胎児の成長に影響を及ぼすためです。さらに、筋腫が変性することで炎症が生じ、これが胎児や子宮環境に影響を与えることもあります。

腹腔鏡手術では、こうした子宮筋腫を直接観察しながら一部または全てを切除することが可能です。特に症状が強い場合や、不妊治療に支障がある場合に手術が検討されます。手術後に妊娠した場合は、筋腫切除後の子宮の状態を考慮して帝王切開が推奨されることが多いです。

卵巣嚢腫

卵巣にできる嚢胞(いわゆる「水ぶくれ」)にはさまざまな種類があり、その中でも代表的なものに「チョコレート嚢腫」「皮様嚢腫」「単純嚢胞」があります。

チョコレート嚢腫子宮内膜症が原因で発生します。子宮内膜に似た組織が卵巣内で増殖して経血がたまることで茶色くなるため、この名がついています。大きくなると卵巣や周囲の組織と癒着を起こし、不妊の原因となることがあります。
皮様嚢腫髪の毛や脂肪、骨などの組織が含まれる嚢腫です。一般的に良性ですが、成長すると卵巣や周辺臓器を圧迫し、腹痛や違和感を引き起こすことがあります。
単純嚢胞液体がたまった嚢胞で、比較的よく見られるものです。特に大きな単純嚢胞は卵巣の機能を妨げ、排卵が正常に行われなくなることがあります。

卵巣腫瘍は良性であっても卵管を圧迫することで卵子が子宮に運ばれにくくなり、不妊につながることがあります。

腹腔鏡手術では、基本的に嚢腫のみを摘出し、卵巣の正常な組織をできるだけ温存する術式がとられます。

しかし、嚢腫の摘出によって卵巣組織が減ってしまい、機能が低下する可能性もあり、それが不妊治療において逆効果となることもあります。そのため、妊娠を希望する女性に対する卵巣嚢腫の手術は慎重に検討される必要があります。

PCOS(多嚢胞性卵巣症候群)

PCOS(多嚢胞性卵巣症候群)は、女性ホルモンのバランスが乱れ、卵巣に小さな袋状の嚢胞が多数できる病気です。この影響で排卵が正常に行われなくなり、生理不順や妊娠しにくさを引き起こすことがあります。

PCOSの正確な原因はまだ解明されていませんが、遺伝的要因やインスリン抵抗性(インスリンが効きにくくなる状態)が関与していると考えられています。

PCOSに対する腹腔鏡手術では、通常「卵巣多孔術」または「卵巣ドリリング」と呼ばれる手術が行われます。この手術では、腹腔鏡を用いて卵巣の表面に小さな穴をいくつか開けます。原理はきちんと解明されていませんが、ホルモン環境が改善し、手術によって高率に排卵するようになります。

この手術は、PCOS患者さんにおいて、排卵誘発剤などの薬物療法で効果が得られなかった場合に適応されることが多く、薬に対する反応が低い方に対しての治療法として検討されるものです。

卵管周囲癒着

卵管周囲癒着とは、卵管の周りが他の臓器に癒着してしまい、卵子が卵管内に入りにくくなる状態を指します。

卵巣から排卵された卵子は自然に卵管に入るのではなく、卵管の先端にある「卵管采」と呼ばれる部分が動いて卵子をキャッチし取り込むことで、卵管内に導かれます。そのため、卵管が他の臓器に癒着していると卵管采が正常に動けなくなり、卵子を取り込むことができなくなるのです。

卵管周囲癒着は、発見されにくい不妊の原因の一つです。原因としては、子宮内膜症や子宮筋腫、腹膜炎、感染症による骨盤腹膜炎などが挙げられます。

腹腔鏡下手術は、卵管周囲の癒着を剥離することを目的として行われます。もし卵管水腫が見られる場合は、癒着の剥離と同時に閉じている卵管采を開口し、卵子が取り込みやすい状態にすることが検討されます。また、卵管水腫がある方が体外受精を行っても効果が低いと言われているため、場合によっては卵管のみを切除することもあります。

不妊治療で腹腔鏡手術を選択するメリット

腹腔鏡下手術は、開腹手術と比べていくつかのメリットがあります。

早く日常生活に復帰できる

腹腔鏡下手術では小さな切開を通して手術を行うため、傷口が小さく、手術後の痛みや出血が少なく抑えられます。これにより、身体への負担が軽減され、回復が早まるため入院期間も短縮でき、早く日常生活に復帰できる点が大きなメリットです。

臓器同士の癒着のリスクが低い

腹腔鏡手術では開腹手術に比べて、腹腔内が外気に触れる時間が短いため、臓器同士がくっついてしまう癒着のリスクが低くなります。これにより、癒着が原因となる痛みや腸閉塞などの術後合併症が起こりにくくなります。

臓器への影響を最小限に抑えながら病変に対処できる

腹腔鏡手術はカメラを通して腹腔内を拡大視するため、病変をより正確に確認しながら手術を行うことができます。これにより、繊細な操作が求められる部位の治療にも適しており、臓器の温存や機能への影響を最小限に抑えながら病変に対処できる可能性が高まります。

不妊治療で腹腔鏡手術を選択する際の注意点

腹腔鏡手術は低侵襲で身体への負担が少ないことから標準的な手術として確立されていますが、執刀医の技術の差が出やすいという特徴があります。開腹手術とは違う技術を要求されるため、医師には十分なトレーニングが必要とされます。
当院では2002年より腹腔鏡手術を開始し、多い時では年間150件行っていました。手術は日本産婦人科内視鏡学会技術認定医(腹腔鏡・子宮鏡)のもと、経験のある医師が担当しています。

腹腔鏡手術の流れ

1.手術日の決定

第一に超音波検査を実施し、状態をさらに詳しく調べるためにMRIによる精密検査を行うこともあります。医師より腹腔鏡手術の適応と診断されたら、手術の説明があり、手術日を相談します。

その後、手術日の1ヶ月前頃に術前検査(採血・レントゲン・心電図)などを実施します。
腹腔鏡手術の入院期間は5日間程度です。

2.入院(手術前日)

13時に来院していただき、診察後に入院病棟へ案内します。

病室で問診、同意書等の確認、入院生活・手術日から退院までの流れなどの説明をします。手術前の処置として、下腹部(陰部)の除毛と臍部の処置をします。

3.手術当日

起床後 検温した後に浣腸をします。

シャワー浴をして術衣に着替え、持続点滴を開始します。手術は1〜2時間程度で終わります。

術後はストレッチャーで帰室し、夜間も術後の経過を見ていきます。

※ご家族には13時頃に来院していただきます。手術中は必ず病室でお待ちください。術後、医師から説明があります。

4.手術後〜退院

術後1日目に尿の管を抜き、歩行開始です。歩くことで血栓・癒着の予防にもなります。できるだけ身体を動かすように心がけ、日常生活に近づけるようにしましょう。

夕方には持続点滴が終了し、食事が開始となります。

術後3日目に診察を行い、手術時の録画画像を見ながら説明をします。医師の許可が出たら退院となります。

退院後1週間頃に来院していただき、経過を診察し傷に傷跡をケアするテープを貼ります。

その後の不妊治療の開始は、医師の指示に従う形となります。

当院における腹腔鏡手術の実施費用

腹腔鏡手術による入院費:25万円〜(保険適用)

入院日数・術式・検査・食事・部屋代によって費用の変動があります。

当院の腹腔鏡手術について

当院では、不妊治療に内視鏡手術(腹腔鏡手術・子宮鏡手術)を積極的に導入し、一人ひとりに最適な治療を提供しています。

内視鏡手術は、傷が小さく、身体への負担が少ないため、より早く日常生活に戻ることが可能です。また、手術中に腹腔内の状態を直接確認できるため、より正確な診断と治療を行うことができ、妊娠の可能性を高めることに繋がります。

患者さまの美容面にも配慮し、傷跡が目立ちにくいことも特徴です。当院では、ご希望や状態に合わせて最適な治療計画を立て、安心して治療を受けていただけるようサポートいたします。